The Arbinger Institute

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□アービンジャー「箱」NEWS【Vol. 150】2012/03/09

みなさん、こんにちは。アービンジャー・ジャパンの伊藤彰記です。

いや~春ですねぇ~
暖かくなってまいりました!

花粉飛びまくりで、私の周囲も鼻をグズグズさせている人がいっぱい。
先日朝礼のときに、花粉症の人がどれだけいるのかきいてみたら、何と
約半数の社員が手を挙げました。
ちょっとビックリ。

私は、花粉症以外にも、目に見えるアレルギーらしいものを持っていません
が、それもいつどうなるかわかりません。
不摂生な生活が祟って罰が当たる可能性は大です。
ま、しかし、今のところ、大丈夫なので感謝したいと思います。
(*-_-)人 合掌・・・

それでは、今週は、私、伊藤彰記が担当します。
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■ それでもなお・・・ :  伊藤 彰記
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少し前、仕事中、ずっと悶々として気分がすぐれなかった時期がある。
ま、「箱」だ。
家に帰っても、機嫌が良くないことを嫁さんに悟られるほどの「箱」に
入って、それを持ち歩いていた。

なぜ、「箱」に入ったのか?
なぜ、こんなにも箱の中に居続けるのか?
理由はわかっている。
でも、はじめはわからなかった。

「箱」に入っていて気付けないことは、自分自身が「箱」に入っていること。
そして、たちの悪いことにこれが中々出られない。
てか、出たいと思えなくなる。
なぜなら、「箱」の外の世界が普段とは違った見え方になってしまうからだ。
だから、出たくない・・・

きっかけは些細なこと。
しかし、「箱」メガネをかけた瞬間から、どんどん社員のあら捜しが始まる。
どいつもこいつもわがままで、ルールに従わない奴ら。
こちらが良かれと思い、訴えかけても、二言目には忙しいだ、面倒くさい
だと四の五の言いやがる。
結局、行動せず、何もせず、問題解決にもならなければ、物事が良い
方向に動いて成果につながることもない。
誰かがやってくれればいいと、すぐに他人任せにし、そのくせ、自分が
困ったときだけ、他人のせいにして怒ったりする都合の良い奴ら。
「箱」に入り、よく働いてくれてありがたいと思った感情などは忘れ、抵抗
ばかりする問題児に見えてくる。
他人に無関心で無神経で自己中な奴らばかりに見えてくる。

「箱」に入っている人と入っていない人の違いは何だろうか。
私が感じる違い。
それは「愛」だ。
好きだ嫌いだのレベルなんかじゃなく、「箱」の中の罪人をも赦し、受け
入れてくれるような懐の深さを持った人に「愛」を感じる。

ご飯の食べられない人が他人には中々施しを与えることができないよう
に愛に飢えている人が他人に愛を注ぐことは難しいのかもしれない。
自己中で、満たされない感情と被害者意識に苛まれ、他人ばかりを責め
続ける人が他人に愛情を示すことなんてできない。

自分の周りに愛情を降り注いでくれる人がいれば、遠慮なく、もらいに
行くことをお勧めする。
会いに行っても、電話をしてもいい。
実際、私はそうやって救われている。
愛ある人は見返りなんて求めない。
しかし、現実は、多くの人がそんなに良い出会いがあるとも限らない。
だからこそ、人はどんな人に出会うのかで人生が変わってしまう。
私は運が良い。
本当にありがたい。

いつもより早起きした、とある朝、私は相変わらず「箱」から出られず、
憂鬱な気持ちのまま積読状態で放置していた一冊の本に目が留まり、
そして、おもむろに読み始めた。

「この世界が狂っているということをまず認める、そこから始めるのが
最善です。この世界は全くどうかしています。」

「それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の
10カ条」という題名のその本は、こんな出だしから始まる。
1968年、当時大学生だった著者が、高校生向けの小冊子に記した
「逆説の10カ条」は、あのマザーテレサにも影響を与えた。
その本の中で、世の中の多くの矛盾を問題提起した後、著者ケント・M・
キースはこう続ける。

「世界は意味をなしていません。しかし、あなた自身は意味をなすことが
可能なのです。」
「この世界は狂っていますが、あなたは狂っていません。
だから、あなたは逆説の中に人間としての意味を見出すことができる
でしょう。」
「他の人たちが見逃している意味を発見する自由があなたにはあります。」

なんて勇気付けられるんだろうか。
なんて愛情を感じるフレーズなのだろうか。
「箱」セミナーで同じことを自分自身が言っているのにもかかわらず、何て
ことだ・・・
人間、何で気付きを得るのか本当にわからないものだ。

確かに他の人は「箱」に入っているのかもしれない。
しかし、私自身が「箱」の外に出るのか出ないのか、選択の自由は私自身
の心に委ねられている。
だから、私は自由なのだ。

「箱」の牢に囚われた罪人である私に対しても、愛情を注いでくれた「箱」の
外の人たちは敬愛できる人たちばかりだ。
だから、私も「箱」の外の人になりたい。
私たちの人生は長いが、それでも、そんな人たちには中々会えないのかも
しれない。
ただ、私たちは思い出すことができる。
与えられたものを思い出すことができる。
愛情を受けた記憶を取り戻すことができる。

たった一冊の本との出会いで救われることもある。
私は何度となく救われてきた。
もちろん、「箱」の本にも救われた。

「人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。それでもなお、人を
愛しなさい。」

狂った世の中、思うようには行かないし、嫌なこともたくさんある。
でも、私は、それでも人を愛して行きたいと思う。
それは、私こそが、どうしようもなく不合理で、わからず屋で、わがままな人間
だからだ。

そう思った瞬間、一瞬にして霧が晴れ、愛情に満たされながら、元気が沸々
と沸いてきた。
さっきまで耳に入らなかった小鳥のさえずりが愛おしく、朝日が暖かくまぶしい。

長い「箱」の罪人生活にひとまずのピリオドが打たれた朝の出来事だった。

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■ 編集後記
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今週末は子供たちとツクシ採りに行ってまいります。
ツクシは採った後が大変なんですよねぇ~
はかま取りで指先が真っ黒けっけ。
スーパーのレジ袋いっぱいに採ってきても、食べる時にはお皿に一盛り。
しかし、苦難を乗り越え、ちょいとほろ苦いツクシさんを食べると春を感じ
られますね。

ツクシといえば、我が家の庭にも生えるんですよ。
で、たちの悪いのがスギナ。
あんにゃろ~は、根深くてしかも強力。
そして、地面の下で、実は根がつながっています。
なんだか、人間関係の問題の根にも似ていますね。
「箱」はスギナ問題の解決にも役立つのか!?

んなこたぁ~ない(タモリ風)

それではゴキゲンな週末を!