The Arbinger Institute

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□アービンジャー「箱」NEWS【Vol.357】 2016/4/22

この一週間、熊本地震の報道がいたるところでされています。

スポーツニュースの中で、
熊本市出身のロッテ伊東勤監督が4月19日の試合前に
熊本地震の復興支援を呼び掛ける募金活動を行なって、
インタビューを受けた監督、

「直接ね、自分の生まれ故郷が…。すまん、ちょっと…。」

「毎日、報道されて、見るも無残な姿を…。
自分があそこに行けない悔しさ。被災された大変な方たちの
姿を目にしたら、いてもたってもいられなくなる。
1日でも早く救援物資が届いて、
少しでもゆっくり休める環境ができれば…」

「少しでも今、自分ができることが何かと考えたら、
野球で勇気づけられたらと。
でもテレビを見られない人、消息が分からない人もいっぱい。
野球をやっていいのかとも思いますが、今日から本拠地。
熊本の人たちに少しでも役立てばと。」

「安らぎの1つとして、野球が好きな人もいるでしょう。
それどころではないと思いますが、
とにかく頑張っていただきたい。」。

大好きな故郷の惨状と、助けに行けない己の現状。
締め付けられた表情と共に、感極まった涙。

やりたくてもできない、でも、故郷を想い続けている
監督の感情に深く共感をしてしまい、
食事中に箸を止めて思わず涙した、斎藤実がお送りします。

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■生きるために 生まれてきたのだ : 斎藤 実
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三歳の女の子が、母親と内縁の夫に日常的に暴力を受け、
食事を与えられずになくなったニュースが流れた。
このニュースを知った人々の多くは、この女の子への悲哀感と共に、
この母親に対しての憎悪感、を持ったにちがいない。
私もその一人だ。

そのニュースを視た時、
また、思い出したくない記憶が、
ふっ、と蘇ってきた。
それはもう、十数年前の出来事でさえあるのに…

「あぁ~、もう週末も終わりだなぁ~っ」
スーパーのおもちゃ売り場に展示してある試供品で遊んでいる子供達
の姿を、ぼぉーっ、と眺めていた。
プロジェクトも佳境を向かえ、毎日終電近くまで仕事が続き、
土曜日も遅くまで出勤。
日曜日、それは、つかの間のファミリーな時間。
家族4人で大店舗型スーパーへ、買い物に出かけていた。

家内がいろいろと買うものがある、と言うので、
私は、子供達が飽きないようにと、
おもちゃ売り場や、本屋に連れて行って、
子守をする役目を引き受けた。
子供達は5歳と2歳。二人とも男の子で、
目を離すと、迷子になってしまうような年齢だ。

最初は、おもちゃ、次に絵本を見せながら、子供達はご機嫌だったが、
その落ち着いた時間も、せいぜい15分くらいだっただろうか。

突然5歳の上の子が、絵本を置いて、出入口へ小走りに向かい、
本屋の外に出てしまった。
そのスーパーは、大きな建物が三つ並んで1階でつながっている。
各建物の中央には、
約50メートルの直線の長い通路が一本通っており、
それをクロスする横通路が、何本もレイアウトされている。

本屋は、その建物の一番端にあり、本屋の外からは、
その直線の長い通路を見渡すことができる。

気がつくと、2歳の下の子も、おにいちゃんを探し当てて、
本屋の外に出てしまっていた。
私は、あわてて、二人を店内に戻そうと、出入口に向かったが、
時、既に遅し…。

二人は、自分たちの目の前に続くその長い通路を見渡しながら、
目を輝かせたかとおもうと、「わ~っ!」という歓声を上げながら、
競争して走り出してしまった。

スーパーの店舗内は、午後の買い物時で、
注意して歩かないと、人にぶつかってしまうくらい、
混雑した状態だった。
更に、買い物客が持つ買い物かごや、ショッピングカート、
店員が陳列するために押している荷物満載の台車、
クロスする横通路から、早歩きで通り過ぎる買い物客のことなど、
何も考えずに、二人は猛ダッシュで走っている。

「やめなさいっ!」

私は大声で制止するように叫んだが、競争している二人には
全く聞こえていない。

私は、「あぶないから、やめなさいっ! こらっ!」と叫びながら、
二人の後を追って、混雑の中を走り出した。
何人かの買い物客にぶつかり、「すいません!」とあやまりながら、
必死に二人を追いかけた。
しかし、やっとのことで追いついたのは、
既に、長い通路の反対側に程近いところでだった。
そこには、
奇声のような笑い声で、踊りあがっている、
子供達二人の姿があった。

ぶつかって迷惑をかけた買い物客にあやまりながら、
混雑をかき分けて追いかけ、
汗だくになっていた私は、その二人の姿を目にした途端に
更に体が熱くなり、頭に血が上った状態で興奮し、
活火山の烈火がごとく、鬼のような表情になったかと思うと、

次の瞬間、
上の子に向かって、「なにやってんだっ!、おら~っ!」
といいながら、上の子の頬を、拳で一発殴りつけていた。

上の子は、殴られた反動で、体がUの字に曲がり、
そのまま通路のフロアーに叩きつけられた。

そしてあわてて立ち上がり、壁際に後ずさりをして、
ぶるぶると震えながら、殴られた痛さで泣き出すこともなく、
「うぅ~っ、うぅ~っ、うぅ~っ」と、小さなうなり声と、
恐怖と驚きの表情で、私を見上げていた。

二歳の下の子は、何が起こったのかもわからず、
まだ奇声を上げて踊り続けている。

私は、上の子の反応、表情を見て、はっ、と我に返り、
横に目をやると、
買い物客の女性数名が、足を止め、
私たち親子のことを見ていることに気が付いた。

その表情は、上の子に対する悲哀感と共に、
私に対しての憎悪感、で占められ、
首を静かに横にふりながら、
ひそひそと何かをつぶやいているようだった。

そこへ、

「お待たせぇ、レジもすごく混んでて、時間がかかっちゃったぁ。
二人ともおとなしくしてた?、よねぇ?」

丁度、買い物を終えた家内が通りかかった。

次の瞬間、上の子が家内に向かって駆け寄り、
私からは陰になって見えない家内の反対側にぴったりと付き添った。

「あれ、どうしたのぉ?」

家内にそう聞かれた上の子は、何も言わずに、そこから離れない。

私は、
「いやぁ、人込みの中を走って危なかったから、叱ったんだよぉ」
と、手を挙げたことは言わずに、家内に一言、説明をした。

「あっ、そうなのぉ~。」
家内も何となく納得したような返答だった。

その日一日、上の子は、私がやさしく尋ねても、
返答などすることもなく、私との距離を置き、
遠ざけるようにしていた。

その翌日からだったと思う。
長男は、何か緊張をするようなときに、
目をぎょろぎょろっ、とさせたり、
ぱちぱち、と何度も、まばたきをするようになってしまった。
そして、私がそばに近寄ったり、話しかけたりするときも、
そういう反応を無意識のうちに、するようになってしまった。

チック、である。

私はその様子を見るたびに、
”なんてことをしてしまったんだっ!」”と後悔し、
自分一人の時に、自分の拳で、自分の頬を殴りつけ、
長男がどれだけ痛かったのかを試すような、
自虐的な行動をとることも、何度かあった。

一方で、自分のとった行動を正当化したいがために、
”いや、親として当然のことをしたんだ。仕方がなかったんだ。”
と自分にぶつぶつと言い聞かせることもあった。

そんな時、
いつもの通勤電車に揺られながら、ふっと一枚の車内広告、
が目に飛び込んできた。
それが、
谷川俊太郎さんの「冬に」
が書かれた、人権啓発のポスターだった。
詩をよみながら、目頭が熱くなり、
場所をはばかることなく、涙があふれ出てきた。

その財団法人に、直接問い合わせ、
お願いをして、ポスターを譲っていただき、
自分の部屋の机の前に貼り、毎日、見るようにした。

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ほめたたえるために生れてきたのだ
ののしるために生れてきたのではない
否定するために生れてきたのではない
肯定するために生れてきたのだ

無のために生れてきたのではない
あらゆるもののために生れてきたのだ
歌うために生れてきたのだ
説教するために生れてきたのではない

死ぬために生れてきたのではない
生きるために生れてきたのだ

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自分が犯してしまった、という辛い記憶。
忘れたくても、忘れることができない記憶。

息子を殴りつけた時のことを思い出しては、
自分の取った行動を後悔し、
これからも、こんな記憶を持って生きてゆくのか、と思うと、
胸に鉛が入ってしまったような重苦しい感覚になり、
一人で悩んでいた。

毎日、このポスターを見る度に、
さいなまれる気持ちで一杯になっていた。

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■ 編集後記
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あの頃の自分は、

仕事で厳しいプロジェクトを担当しているのだからと、
自分を偉そうに誇大化したかと思うと、
逆に、被害者妄想に陥ってぼやいたり、

それほどいけないことでもないのに、子供達の物言いに、
突然腹を立て、大声で子供達を怒鳴りつけたり、

家内から簡単な依頼やささいな文句のようなことを言われただけで、
さも論理的なロジックを組み立てて俺は優秀なんだと言わんばかりに
家内に口論をしかけたり、

自分が子供の頃に親から受けた躾を理由にして、
自分も同じようにやるべきなんだ、という正当化をして、
子供達に手を挙げることもあった。

気難しく、ヒステックで、暴力的に、
家族からは見えていたに違いない。

そして、今はよくわかっている。

自分の行動、自分のとるべき感覚、イメージも、
すべて、自分次第、自分の選択による、ということを。

他人や、大変な出来事、厳しい仕事に影響されたとしても、
最終的には、すべて、自分の選択次第、ということを。

つまり、
自分の選択のレバーを、
ポジティブに、楽しく、嬉しい、感動できる、充実感を感じられる、
方向に引けばいい、ということだ。

そうすることで、家族みんなで、いつまでも語り合える良い思い出、記憶を
沢山つくることができるのだ。
そして、それをいつまでも、持ち続けてゆきたい。

人は、ほめたたえるために、
肯定するために、
あらゆるもののために、
歌うために、
生きるために、
生まれてきたのだから。